散文小径

小説家です。時代小説を執筆しています。皆さまのご声援に支えられて描いております。よろしくお願いします。

もうひとりの武芸者

前回、里見家の兵法役として、講談にも取り上げられる豪傑・木曾庄九郎を取り上げました。
講談に用いられるのだから、無名ながらも立派ですよね。
念流を学んだのちに「源流」を興した、武芸の創始者でもあるわけです。

里見家には、しかし、もう一人……兵法役がいたんですけど、御存知でしたか?

塚原五左衛門。
姓から察するに、里見氏が関ヶ原の恩賞に拝領した鹿島三万石の出身者だろう。ということは、以後の里見氏召抱えに相違ない。そして、塚原の姓のとおり、新当流の使い手であった。
新当流といえば、そう、塚原卜伝の流れを汲む。
偶然ではあるが、この五左衛門を取り上げたblogを、こうしろん(十一月二十二日)koushironのblogというところで拝見しました。夢酔は塚原五左衛門像を全くの状況想像で描いているので、扱いは全くの不一致。パクられたと逆鱗に触れずに済みそうで、ちょっと安堵

近世移行期の炮術秘伝書のなかには、「星之図並薬之巻(元和7.5)」、伝授者・立河伝右衛門、被伝授者・塚原五左衛門という記述が伺えます。剣術以外にも、火術も?時期的には里見家改易の頃だから、生存の一致は為されますけど……同姓同名だったのでしょうか?このあたりは不確定要素なので、夢酔は作中にこのことを盛り込んでおりません。ちょっと、躊躇っちゃいました。
その代わり、いろいろと、剣客のやりとりは散りばめておきましたよ。
里見氏と直接関わらずとも、この時代、幕末と並んで猛者が犇めく時代でしたからね。

『鹿嶋志』によると、新當流(新当流)の元になったのは、鹿島の太刀という名の上古の時代から伝わる兵法だそうです。このあたりはNHKのBS時代劇「塚原卜伝」を視聴していた皆さんなら、覚えがあるんじゃないですか?
日本古武道協会オフィシャルサイトには、現代の鹿島新当流が紹介されております。
http://www.nihonkobudokyoukai.org/martialarts/022/
『甲陽軍鑑』の11品によると、武田の軍師・山本勘助は、浪々の頃、今川家への仕官を京流の兵法者として推薦されたそうだが、今川義元は他の理由に加えて
「新當流の兵法こそ本なれ」
という理由で却下したといわれる。また、『甲陽軍鑑』の40品下によると、兵法を習う者は、兵法つかい、兵法者、兵法仁の3つに分けられ、山本勘助・波合備前・塚原卜伝の3人は兵法仁に相当する、とあります。
凄いですね……山本勘助と塚原卜伝が結びついちゃいました。

この塚原五左右衛門然り、木曾庄九郎また然り。
里見の家臣は、知られざる人材が多いのです。


                   ◆  ◆  ◆


 私事ですが、ちょっと病中にあり、ストック原稿でこのblogを濁しております。
 遅筆を御容赦ください。
 関係各位にはご迷惑をお掛けしております。


                    ◆  ◆  ◆


戦国武将里見氏のNHK大河ドラマ放映を目指す「里見氏大河ドラマ実行委員会」が組織されています。里見氏終焉の地である鳥取県倉吉市、里見氏発祥の地の群馬県高崎市、そして館山市で、NHK側にドラマ化を働きかける運動を行っております。
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  1. 2012/12/10(月) 20:51:01|
  2. 随筆・あっそう!里見発見伝
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