散文小径

小説家です。時代小説を執筆しています。皆さまのご声援に支えられて描いております。よろしくお願いします。

シリーズ・関ヶ原と里見家 8-1

 天下分け目の関ヶ原。
 通説では徳川家康の天下取りとされますが、冷静に俯瞰してみると、これは豊臣政権下での家臣同士の諍い。諸説云々ございますが、この天下の一戦で豊臣家が弱体したことも事実。
 日本中の大名が二派へと別れて、激突した。
 総じて、これを〈関ヶ原合戦〉と、後世語られております。


 ずっと試みてきましたが、長文UPが出来なくなっています。
 いったい、このFC2blogに何が起きているのでしょうか……

 仕方がないので、分解しようという結論に至りました。
 更新がないので、夢酔の奴、とうとうリタイヤしたかと思われた方もいたんじゃないですか?いえいえ、夢酔、結構、しぶといんですよ



 里見義康と徳川秀忠の親密ぶりは、どうだったのでしょうか。この点において、夢酔はいつも当惑するのです。
 徳川家は秀吉政権時代、既に大身の家柄です。その後継者の有力候補者だった秀忠は、いわば御曹司。関東の弱小大名と親密な関係をもつことなど、まず考えにくいことでした。
 しかし、秀忠は里見義康に対する気配り書簡を残しています。
 果たして秀忠って、どんな人間だったのでしょう。苦労人?内向的?気さくな社交派?どれも断言しづらい点があります。
「大河ドラマで向井君が人質に出されて、苦労していたじゃない?」
 そういう声を聞きます。でも、そのことって、史実的には疑問です。このことをインターネットで検索すると、100%といっていいくらい「大河ドラマ・江-姫たちの戦国-」に付随することばかり。二次資料以下の創作でしかないことを素材にした書込ばかりなのです。あの大河ドラマには大勢の方が首を傾げるほどの史実性希薄な点が多いので、この人質苦労人説はポイッ。
 内向的だと、後継者候補にはならない。じゃあ、社交派?でも、当時の徳川家中で、どちらかといえば秀忠は不人気に属します。理由は、武闘派に程遠いから。
 そうなると、秀忠って、どんな人間だったのでしょう。
 そんな不思議ちゃんが、里見家のような小勢力に親しく書簡を交わす。このことが、いと不思議なのです。

  (つづく)


第31回 南総里見まつり
平成24年10月13日(土)・14日(日)開催!

http://satomi.tateyamacity.com/

戦国武将里見氏のNHK大河ドラマ放映を目指す「里見氏大河ドラマ実行委員会」が組織されています。里見氏終焉の地である鳥取県倉吉市、里見氏発祥の地の群馬県高崎市、そして館山市で、NHK側にドラマ化を働きかける運動を行っております。
「2014年に里見氏の物語をNHK大河ドラマで!」
 皆さまの温かいご声援をお願いします。

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  1. 2012/09/13(木) 22:23:55|
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