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2020-06-26

逗子遥かなり

御城印記事でお取り上げしました山城ガールむつみさん
覚えてますか
6月25日(木)、ウォーキングイベントがありましたので、参加してきました。
rekitoki.jpg
実は、三浦半島って、思っているほど実踏していないことに気づきました。ピンポイントを突いているものの、大きな形で見ていないと気付いたのです。いつかは……と思っていた矢先のことで、たいへん有難かったです。
今回がむつみさんとの初顔合わせです。
神武寺界隈。
ナビゲーターがいないと、実はトレッキングで終わってしまいます。
この界隈が、平安時代の上総御曹司こと源義朝の屋敷があったとされます。田越というあたり、三浦半島でもっとも細いクビレの軸線に重なります。ここは相模湾と江戸湾を結ぶ陸路。田越の先に田浦がありました。周辺には鎌倉悪源太義平の屋敷もあったそうです。
堀之内馬場、どれも武家の屋敷を彷彿させる地名です。
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それでは、神武寺へ。
DSCF5211.jpg

久留里城に向かうとき、違和感があります。それは、いま歩いている道がむかしからの道なのか、と。そして見上げると、尾根を伝う旧参道があることに気づきます。
ここにも違和感がありました。
その答えもありました。
むつみさんの指し示すものが、違和感の正体。この寺は城塞機能を持っているようです。示すのは尾根伝いに寺へ向かう古道です。
DSCF5219.jpg

で、馬鹿はすぐに登りたがる。

得心のいく尾根道です。更に先には切下げのような痕跡もある。なるほど。
DSCF5220.jpg
DSCF5221.jpg

ここに城を設ける理は、なに?
逗子に城がと聞くと、明瞭に頷ける資料がない。
『新編相模国風土記稿』に出てくるのが三浦厨子城。でも明確な位置を示すものがありません。戦国時代、北条氏康に仕えた山中氏が三浦厨子城を預かると記されている。山中盛定のことでしょう。小田原征伐のとき、秀吉勢により逗子が焼けたといわれます。でも遥々と逗子を焼く立地的メリットはなんでしょうか。

この点、以前、「夏の波濤」で里見義康が三浦上陸後の足取りとして、城ヶ島総攻撃を流布しながら逗子を奇襲し鎌倉への突破口をつくるという逸話を創作しました。遅ればせながら、その事実検証になったわけです。おおよそ創作と地形は一致しましたし、城塞規模も察し通りでした。ただし山腹想定だったので、もしも神武寺そのものまで包括すると、100%想定内ではない反省も出来ます。
でも、どうして城塞を意味する記録が残されていないのでしょうか。
不思議さは、拭いきれません。

むつみさん、おつかれさまでした。ほかにも歩いたけど、ブログ紙面上、ここまでです。
お土産いただきましたIMG_20200626_0001.jpg
御城印興味ある方は、リンクまたはこちらからむつみさんのことを知って下さい。
歴×トキ・山城ガールむつみ 歴史コンシェルジュ&山城ナビゲーター

来月はときがわ町にむつみさん、出没しますよ





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