散文小径

小説家です。時代小説を執筆しています。皆さまのご声援に支えられて描いております。よろしくお願いします。

「夏の波濤」カウントダウン

本日の房州日日新聞は、329話目にあたります。
最終回まで残り3話。
今宵から最終回に向けて思うところを記していこうと思います。
まあ、云い訳と受け取って頂いて結構。実際、そうなりますから。

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まずは云い訳する前に、挿絵という芸術で、作品に艶を醸し出して頂きました山鹿公珠先生に、労苦の程を心より御礼申し上げたいです。魂の籠もった挿絵は、芸術です。実は、最終回の絵を、夢酔は未だ見ていない。だから、一読者として、楽しめることが出来るんです。贅沢だなぁ。
山鹿先生のギャラリーは、折々のイベントがあります。
ああ、三文小説を読めるようにしてくれた偉い絵描きさんだと、訪れた際は何卒讃えて下さいませ~( ^o^)<ンンンンンンンンンンンンンンンww
ギャラリーsfkクリック

この小説は2005年に房州日日新聞で連載された「春の國」から、次の世代の興亡を描こうという意図で書き上げたものです。当初はもっと短かったんです。それが大きく膨らんでしまった。
当初は、義頼・義康・忠義の三代を描く筈でした。
それが、忠義の部分を敢えて増やしたことにより、接続二作品というなってしまったのです。まあ、よくある邦画で云う、前編後編というか、接触篇発動篇というか、とにかく一本では600話に近くなってしまう。小説って、長ければいいというものではございません。ましてや、新聞連載なら尚のことです。幕の内弁当のようなバラエティに富んだ読み物があるのが、新聞の利点です。
そのことは、理解しているつもりです。

でも。

これでよかったのかという後悔は、今もあります。
倉吉の時代を含めて、なぜ、里見家は安房を追われて苦しまなければいけなかったのか。なぜ、後世に伝わらないほどに歴史の中へと埋没しなければいけなかったのか。
このテーマに気付いたのは、「夏の波濤」連載直前の倉吉取材のときでした。
里見忠義は一本の作品で描くべきだ。
そう思ったことで、忠義編は倍以上に膨らみました。
とても「夏の波濤」のなかで描ききれるものではありません。
DSC00026.jpg
「夏の波濤」のクライマックスは、
これまで作品を愛読して頂いた大勢の皆さまを裏切る結末かも知れません。

忠義編に分ける前は違和感がなかったのですが、
ここで引き続き作品が始まらないと、
不完全燃焼というか、モヤモヤ感が残るだけだと思います。
その葛藤を、南総里見まつり以降、このblogでも時折書き添えてきたことは覚えておいででしょうか。
まだ書けない、その時期が来たら。
そう言葉を濁らせて来ました。
その時期が、もうすぐ訪れます。

里見義康という人物像は、完全にオリジナルです。
天性の国主、人が好きになる陽性、太陽のような明るさと笑みに惹かれて、里見の主従はこれまで多くの危機を潜り抜けてきました。
すべては、これからだった。
その筈だった。
しかし、義康でさえ忘れていた、里見家内部に残された因果応報という深い恨み。その深い業は、静かに、義康にまとわりついていたのです。
ただし、これも夢酔のオリジナル。
史実上の里見義康は、若くして病死したことになっています。
なぜ、オリジナルで因果応報という結末を選んだのか。
それについては、明日の更新で語りたいと思います。









戦国武将里見氏のNHK大河ドラマ放映を目指す「里見氏大河ドラマ実行委員会」が組織されています。里見氏終焉の地である鳥取県倉吉市、里見氏発祥の地の群馬県高崎市、そして館山市で、NHK側にドラマ化を働きかける運動を行っております。
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  1. 2016/01/14(木) 20:53:01|
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