散文小径

小説家です。時代小説を執筆しています。皆さまのご声援に支えられて描いております。よろしくお願いします。

高野山1200年便乗コラム③

 2015年、開創1200年の高野山。
 奥之院の墓石群は、まさに高野山の聖域の証。弘法大師伝説の源流といっても過言ではありません。
 むかし、青年誌で「孔雀王」という漫画を読んだとき、高野聖はみんな術で火を吹いたり突風を起こしたり出来るものなどという勘違いをして、人から笑われたことがありました。密教という世界観を、漫画で読み取ることはいけないと痛感しております。
あれは、娯楽でした!
鵜呑みにして、すみません(汗)!

弘法大師空海は、今もなお、生きて世の安寧を祈り続けておられるそうです。そのため日に二度の食事が献上されるのです。維那(ゆいな)と呼ばれる仕侍僧が、毎日午前六時と午前一〇時三〇分に食事を運ぶのです。これは千年以上続く大切な日課だったのですね。大変なお務めだと思います。このあたり、何かのテレビで観た気がしますが、食材さえ精進なものなら和洋折衷あらゆるメニューだったかなと。それこそ見た目はファミレスでおなじみなメニューなのに、肉を用いないんですよね。そう、どこから見てもハンバーグランチなのに、肉じゃない。唐揚げなのに肉じゃない。こういうことを考案し形にしていく調理人は、ツライでしょうか。それとも楽しいのでしょうか。とにかく想像と工夫を毎日描くクリエイターですよね。
昨年、光明院で相伴した膳も、たしかに肉を用いておりませんでした。でも、山間の宿で普通に馳走になるものと遜色のない印象でしたね。ちゃんと般若湯も戴けましたし♪
そのときは全く為っておらず、今をして反省しているところですが、精進料理にはちゃんとした御作法がございます。堅苦しいことではなく、基本的な心得、自分が生かされていることを思い感謝の気持で頂戴するということです。そして、沢庵を一枚残す。この沢庵で食器の汚れを落とし、その際に用いた白湯はすべて飲み干し、最後に一枚の沢庵を食する。こうすることで食器を洗う手間を省くとともに、お米一粒に至るまで無駄にしない。
あ~~~~~~~~!やってませんでした、反省!
空海の入滅は八三五年三月二一日。
食事の献上は千年を超える大切な務め。
畏れ入ることだと思いませんか?
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 高野山は云わずと知れた女人禁制の聖地。今でこそ、老若男女がケーブルカーで労なく参ずることが適いますが、明治三九年までは女人禁制だったのです。そもそも空海自身、その禁制に従い、麓の九度山にいる母親のもとを通った。御山に入れず麓に留めたところに、空海自身が律する姿勢を垣間見る思いです。
 今でこそ九度山と聞けば、多くの歴女は
「真田!」
と答えるのでしょうが、そもそも九度山という地名も空海が月に九度も母親のもとへ通ったという所以の地名です。歴女の皆さん、九度山は真田だけではございませんよ。








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  1. 2015/06/09(火) 20:18:54|
  2. 随筆・あっそう!里見発見伝
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