散文小径

小説家です。時代小説を執筆しています。皆さまのご声援に支えられて描いております。よろしくお願いします。

里見家と郡内

夢酔が次回作準備をしていることは、周知のとおりです。
最近では、ネットで検索すると「夢酔藤山 小山田信茂」なんて検索ワードが出るようになった。誰がそうさせたのか知らんですが、まあ、名前だけ一人歩きしているようです。まだ準備しているだけなのにね。
とりあえず、ここは里見blogですので、関連なお話しをしましょう。



富士山は戦国時代においても信仰の山です。
信仰の対象である以上は、信者が詣でるのが世の常というもの。
江戸湾の彼方に映える霊峰を登りたいと願う者も、当然いたことでしょう。

ここに、一通の賞状が残されております。
紹介しているのは、たてやまフィールドミュージアムというサイトです。
これは、正木時茂が御師小猿屋へ導師を依頼する文書の紹介ですね。永禄3年頃のものと思われます。
この永禄3年は、富士周辺では激動の一年でした。
まず、今川義元が桶狭間で織田信長に討たれて、駿河国が混乱した年です。
上杉謙信が小田原城を目指して大遠征を敢行したのもこの年のことです。
そして、この御師のお膝元である甲斐国においては、来るべき翌年の川中島合戦へ至る前哨戦の真っ最中でした。
何よりも注目したいのは、甲斐・相模・駿河の三国同盟が確立している時期に、同盟者である北条氏康の仇敵である里見義堯に連なる者が、武田支配領域の吉田へ書簡を通じている事実です。
信仰は、戦さと別腹でしょうか。
いえいえ、むしろ間諜を疑われて、困難だったと思います。
それでも民衆は信仰を貫こうとしたのでしょうか。
次回作は、この吉田という地域を包括する郡内という土地を掘り下げながら、そこの領主だった小山田信茂の人物像に迫りたいと考えています。


DSCF3060.jpg              安房からの富士は、たしかに信仰したくなる御姿ですね

DSCF2267.jpg        富士吉田のこの街道は、小山田信茂時代に整理され、当時からここは御師の集落だったと伝えられます。

DSCF2266.jpg          小猿屋ではないが、別の御師住宅が拝観できるので、往事を偲ぶことが出来ます。

080705_1138~01 富士吉田口五合目からの富士。

P8190347.jpg          熱烈な信徒は、同じような景色を富士山頂から見下ろしたのでしょうね。


取材のためには富士山のてっぺんにだって行くというのが、夢酔という輩です
馬鹿でしょう?
P8190353.jpg             800円のカップ麺は切なかったですが、とりあえず、次回作と里見はどっかで連携しているから、やり易いですね。
史実の里見の息吹を感じています。








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<戦国武将里見氏のNHK大河ドラマ放映を目指す「里見氏大河ドラマ実行委員会」が組織されています。里見氏終焉の地である鳥取県倉吉市、里見氏発祥の地の群馬県高崎市、そして館山市で、NHK側にドラマ化を働きかける運動を行っております。
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  1. 2015/04/18(土) 06:40:00|
  2. 随筆・あっそう!里見発見伝
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