散文小径

小説家です。時代小説を執筆しています。皆さまのご声援に支えられて描いております。よろしくお願いします。

里見家と高野山

2015年3月1日(日)。
朝一番の東京湾フェリーに乗船して、安房国へ赴きました。
今回の目的は大まかにふたつ。
ひとつは、高野山真言宗妙音院をお訪ねすること。もうひとつは、館山市立博物館事業の参加です。

まずは妙音院さんへお伺いしたところから書き綴りましょうか。

今回の目的は、古地図の受領です。
10月に高野山へ伺ったとき、光明院宿坊の浴場前に古地図が掲示されていたのを、妙音院の福岡住職に教えて貰いました。そのときに、江戸時代、本来の妙音院がどの場所に存在していたか、それが近代以降に光明院が兼用預かりになった旨を教えて頂きました。そのときに、地図の写真を撮ったんです。
ところが、あとで見直すと、幾枚か撮影したものが全てダメ。文字も読めないほど、ブレたりボケたり滲んだり。
貴重品と知りながら、なんとか複製を得る手段はないものだろうか。
正月過ぎに、福岡住職へ一筆したのです。
ダメで元々だって……。
ところが、2月の頭に、図面が入手できたというお知らせを頂いたのです。郵送しますという回答でしたが、
「お伺いします!」
と電話で申し出ました。
実は、「夏の波濤」の挿絵を描いている山鹿公珠先生が、高野山に関心をお持ちでしたので、一緒にどうかなと思っていたのです。双方の都合がなんとか合致し、3月1日朝9時に妙音院にお伺いすることとなったのです。

朝一番の東京湾フェリーに乗り、久里浜をお別れです。
DSC00014.jpg

8時30分、山鹿先生のギャラリーへお迎えに。
現在、ギャラリーではこんな展示をやってます。よかったら観に来てください。
http://blog-imgs-78.fc2.com/m/u/s/musuitouzan/150301_084714.jpg
せっかくなので挿絵の内容検討。前夜、お電話を頂戴し資料を用意しました。大陸出兵のくだりの章です。本阿弥光悦や小野次郎右衛門が登場します。
9時に少し遅れて妙音院に。
前夜、お話ししてご都合がよいということで、全国里見一族交流会会長・里見香華氏も同席です。

古地図、早速受領です。84センチ×44.3センチ、結構大きいでしょ?
ここで図面内容の紹介は出来ませんので、ピンポイントのアップをします。これが在りし日の高野山内妙音院の位置。現在は住宅地になっているそうです。IMG_20150302_0003.jpg
なくなった妙音院は、光明院に吸収された恰好で、二院併記で管理されています。10月にお世話になった場所ですね。IMG_20150302_0001.jpg
  ここです。

勿論、街区については現在のものと必ずしも合致する訳ではございません。

里見家は高野山でも、特に西門院とのつながりを確認することができます。
丁度、山鹿先生が挿絵に手をつける章にも、その頃のことが登場します。これを当時の書状的にいえば、こういうものです。

     借用申候黄金之事
  合而壱枚但其方秤也
  右、請取申所実正也、此返弁来秋俵子を以、
  音院ヘ如相渡申候、皆済可申候者也、
  仍如件、
    壬辰
              (黒印、印文「義康」)
    卯月十三日  □
       西門院ヘ

肥前名護屋へ出兵する里見義康が、高野山西門院へ金一両の借用を申し出たときのものですね。この返済を妙音院にという西門院の指示が文中にあります。しかし、妙音院と西門院のつながりは伝わっていないそうで、福岡住職も、なぜウチに指名があったのかと、首を傾げておりました。

現在、夢酔は新作の準備に取りかかっております。
里見ではないんですが
そこでも高野山が関わるんです。戦国時代の高野山は、とにかく大名の情報が集約されているんでしょうね。今回は持明院というところで文献が発見され、これまで1代とされた人物が2代別人と判明したと……。鋭い人は、夢酔の題材とした人物が誰だか察しちゃったかな。
高野山にはよく肖像画がありますよね。
戦国武将の画像は、御当地より高野山の残っている(気がします)。位牌も多い、墓所もある。ひょっとして、肖像画は御影のように、位牌とワンセットの供養アイテムか?
福岡住職は光明院先代から、古い里見家位牌があったと聞かされた記憶があるといいます。しかし代替わりのため、光明院当代は知らないとのことです。こうやって相伝されないものがお蔵入りされて、膨大な量になるのだそうです。位牌がないから昨年400年の節目で新調しました。でも、古いものはあったかもしれない。肖像画と位牌がワンセットだったら、未だかつて誰も知らない、里見氏の誰かのお顔が高野山にずっと眠っている可能性も……
でも、火災が多かった高野山。
それに蓄積された1200年の重み。
判別するのは難しいとのことです。
安房にない里見氏実像、ぜひ高野山から姿を現す日がくるといいですね。

この日、法事が予定されていたらしく、時間ギリギリまでおつきあい頂きました福岡住職に感謝です。

雨が強くなってきましたが、この日、13時からは「わたしの町の歴史探訪 第33回ー館山城下町ー」というイベント参加です。お二人にお別れして、館山市立博物館駐車場へ。
受付した頃から、雨脚が強くなってきました。DSCF3686.jpg
このイベントについては、別途で記載しますね。




追伸
雑誌「歴史人」のweb版でこんな企画しています。
歴史人公認ブログ隊募集中! http://www.rekishijin.jp/rekishijin-offcial-blog/  
ワシは連載と自分のblogで手一杯だ。
誰か、里見の伝道師となって世に布教してください。about_rekishijin.jpg


<戦国武将里見氏のNHK大河ドラマ放映を目指す「里見氏大河ドラマ実行委員会」が組織されています。里見氏終焉の地である鳥取県倉吉市、里見氏発祥の地の群馬県高崎市、そして館山市で、NHK側にドラマ化を働きかける運動を行っております。
「里見氏の物語をNHK大河ドラマで!」
 皆さまの温かいご声援をお願いします。

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 署名用紙はこちらに収納しております。
 活動の趣旨に御賛同いただけましたら、是非、こちらの署名用紙をプリントアウトのうえ、支援の程よろしくお願いします!


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  1. 2015/03/02(月) 20:48:49|
  2. 随筆・あっそう!里見発見伝
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