散文小径

小説家です。時代小説を執筆しています。皆さまのご声援に支えられて描いております。よろしくお願いします。

2014.12.28 石堂寺

今日のうちに、3件も更新するとは思いませんでした。

無理矢理で、すまん。

さて。
安房の旅でどうしても寄っておきたかった場所がありましたので、記します。

長安山石堂寺
伝承では726年(神亀3年)行基の開創という。また708年(和銅元年)奈良の僧・恵命と東照が創建し、851年~854年(仁寿年間)円仁(慈覚大師)が再興したともいうが、これらはどこまで史実を伝えるものかは定かでない。当初は「石塔寺」と称し、近江国(滋賀県)の石塔寺と上野国(群馬県)の石塔寺とともに日本三塔寺に数えられたという。1487年(文永19年)の火災で全焼するが、当地を支配していた丸氏の援助で、1522年(大永2年)までに再興された(火災は1486年(文永18年)ともいう)。室町時代末期、当寺で養育された足利頼氏の幼名石堂丸にちなみ、「石塔寺」を「石堂寺」に改めたという。
※Wikipedia転記


勘のいい読者は、気付いたかな。
なぜ夢酔がここにきたのか……!
DSCF3079.jpg
ただの参拝ではございませんよ。

夏の波濤では、小弓公方足利氏の系譜が頻繁に登場します。
いまは淳頼が出ていますが、恐らく2月頃になるだろう小田原征伐の回以降、喜連川藩を起こす国朝が登場します。そして、その弟・頼氏も。
この足利頼氏は、順風満帆なら、終生を僧籍のまま、この石堂寺で過ごす予定の人物でした。
若くして石堂寺に入っていた頼氏の目に映っただろう当時の世界。境内から遠望する世界。これを見極め、きたるべき登場回での挿絵参考にしたいというのが、訪問理由です。DSCF3080.jpg
建築物の多くは当時のものか、比較的当時に近い時期の再建物です。足利頼氏のみたものを追体験する心地がします。

DSCF3082.jpg

学術的にはきっと違うと思いますが、小説世界の設定として、石堂寺を中心としたここ丸山地区に、小弓公方家は庇護されていたのではという仮定を作品を描いております。現在は静かな郊外地の様相ですが、石堂寺は安房における天台宗寺社の要。きっと賑やかな場所だったと考えています。
現代の常識を無理矢理当てはめず、無駄とも思える仮定をもとにした次第です。

DSCF3083.jpg
稲村城方面のこの山並みは、たぶん当時と変わりがないと思うのですが……。


2013年に公開されたyoutube映像も、現在と大差ありません。


この取材が本編でどのように関わってくるのでしょうか。
皆さん、どうかお楽しみに。。。








追伸
雑誌「歴史人」のweb版でこんな企画しています。
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ワシは連載と自分のblogで手一杯だ。
誰か、里見の伝道師となって世に布教してください。about_rekishijin.jpg









2014年、里見メモリアルイヤー。
ゆく年 くる年 豊穣の一年に 感謝  




戦国武将里見氏のNHK大河ドラマ放映を目指す「里見氏大河ドラマ実行委員会」が組織されています。里見氏終焉の地である鳥取県倉吉市、里見氏発祥の地の群馬県高崎市、そして館山市で、NHK側にドラマ化を働きかける運動を行っております。
「里見氏の物語をNHK大河ドラマで!」
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