散文小径

小説家です。時代小説を執筆しています。皆さまのご声援に支えられて描いております。よろしくお願いします。

【連載余話】天正10年私論

9月から連載のはじまった「夏の波濤」。
おかげさまを持ちまして、いよいよ里見義頼編の後半に差し掛かります。
ひとまず、ここまで温かく見守り下さる読者ひとり一人に御礼申し上げます。
IMG (5)
この社告から、早いもので2ヶ月強が過ぎました。

こないだ、館山市文化財保護協会主催の高野山バスツアーをした際に気を遣って頂き、ちょこっとだけ、余興の制作秘話っぽい噺を車中で披露しました。大した話ではなかったのですが、日頃より愛読されている方々の御前でうんちく垂れるのは、かなり気恥ずかしく思いました。
でも、こういう執筆上のポイントって、どっかで披露することも悪くはないんです。あとから、ああ夢酔はこれが狙いなのかと種明かし出来ますし、誤解を弁解できますしね。
一応、スタートから間が空いたので、blog上でも同様の解釈を披露させて貰います。
私論も交えますので、読まれている方とは解釈の食い違いもあると思いますが、その点についてはご了承ください。あと、意見交換は色々と後の展開をブレさせるので、御容赦願います。現時点で、もう物語の全体像はほぼ固めていますので、こうしろとか検討を要求するとか依頼されても、厳しいです。
せめて「こういう説もあるんだよ」という御提案に留めて頂ければ幸いです。
すみません。
新聞連載とは、小出しに出来ない事情があるんです。

さて。
今回の作品は、日本史上もっとも狂騒な一年と云っても過言ではない、天正10年よりスタートしています。
この年は、木曾家離反からはじまる一連の「織田信長による甲州征伐」で幕を開けます。戦国屈指の精強な武田家との長期戦を、このとき信長は覚悟していたのでしょうね。数年を擁してでも武田勝頼を討つという信長の目論見は、僅か3ヶ月で武田家滅亡という意外な幕切れで終わります。
このとき方面軍の編制により、武田の他にも織田の武威に圧される諸大名が全国にいました。上杉、毛利、長宗我部……これらに引けを取らぬ武田の呆気ない陥落は、東国への視野を信長に与えたことでしょう。このとき信長へ臣従を申し出た東国武士は多かったと思います。
資料上、里見氏のそれは明瞭に確認できません。
しかし、佐竹義重と早くから通じていた里見義頼は、対北条を視野に入れた中央とのパイプ作りを構想していたのではないでしょうか。本作は、そういう仮説のなかで、天正10年2月の時代背景から作品をスタートさせています。史実上の北条氏政は縁戚である武田勝頼を見限り信長に進物しています。対武田戦のため、多少の傲慢や勘違いがあっても、当時の信長は東国武士に寛容でした。寛容を装って、生殺与奪の意志を秘めた高所からの査定をしていたのでしょう。武田家滅亡後、信長は決して北条氏を厚遇していない気が……恐らくは利用価値の急変でしょうね。
小説の展開で、里見父子は法華宗小泉久遠寺の宗門パイプを通じて穴山梅雪に渡りを付け、甲斐撤退途中の江尻で信長と謁見する場面があります。勿論、これは、そうあって欲しいという願望も籠めた、歴史のifであり創作です。
里見と織田の縁が結んだ矢先。
天正10年6月2日、本能寺の変。作品ではその場面を描かず、事実だけを記載するのみに留めています。里見の視点から見れば、このことは外交上の問題であるものの、直接の利害に関わらない遠国の出来事に過ぎません。ゆえに淡泊に扱いました。
このことについて、バスツアーで質問を頂きました。
「惟任日向守って誰ですか?明智光秀が信長を襲ったというのは、嘘だったんですか?」
本作中、夢酔は『信長公記』の記述に倣い、天正10年の場面として彼の呼称を惟任日向守光秀としておりました。質問された読者は明智光秀が惟任日向守と知らなかったのです。小さいこだわりですが、歴史フェチではない一般の読者にとっては、誤解を与えてしまったことを悟り、反省した次第です。
天正10年の上半期が信長イヤーだとしたら、下半期は秀吉イヤーになるのでしょうか。
まず秀吉は中国大返しを経て山崎にて光秀を討ち、一気に織田惟幕の重きポジションを獲得します。清洲会議に大徳寺法要、秀吉の動きはポスト信長というべきもので、来るべき織田家臣の血で血を洗うサバイバルレースの前哨戦です。この流れに徳川家康は割り込むことなく、武田旧領獲得をめざしました。
里見家も、この歴史の流れには直接関与することはありませんでした。

天正10年、そして織田信長。

たったひとつの「本能寺の変」が、日本の歴史を左右した。直接関わりのない関東さえ、大きく揺さぶった。このことがあり、やがて北条氏は徳川家康と縁戚になります。反北条勢力は、対抗馬である羽柴秀吉と結びます。この構図が、小田原征伐までの関東の抵抗勢力図を彩っていきます。
里見家は無論、秀吉と誼を深めていくのです。

私論として、武田マニアの夢酔にとっては、あらゆる角度から甲州征伐を観察できるのが天正10年です。
勝頼が瓦解していく様は、常識では計れない不思議です。
個々の独立性が強い甲州人気質ゆえの天魔だったのでしょうか。早計な結論は出来ませんが、武田研究は平成以降大きく進歩しています。30年近く以前まで世論だった「勝頼無能説」も最近では見直されています。
里見家もこの20年で研究が進歩しました。
八犬伝しかしらなかった諸兄が、「夏の波濤」の本能寺までの下りを読んだら、きっと
「薬師丸ひろ子出てこないじゃん」
風な戸惑いを覚えるでしょうね。

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       2014年9月15日大房岬より岡本湾を望む。
       里見義頼統治の頃、ここは軍港としても最良の立地だったのだろう。


天正10年とまでは云いませんが、平成26年も激動ですよ。
 2014年の里見関連取材とか安房訪問等々実績
    2014.2.1-2 鴨川~千倉滞在
    2014.2.16春の國原画展ライブ(南房総市ギャラリーsfk)
    2014.3.8取材(館山城・小野忠明公園 外)
    2014.3.9里見正史コンサート(南房総市光厳寺:富浦地区生涯学習推進員企画)
    2014.6.7里見戦国国府台合戦450年供養祭(市川市国府台)
    2014.7.19取材(妙本寺・長安寺・平群天神社)
    2014.9.6-7鳥取県倉吉市(委細は9月時のblog参照
    2014.9.13-15大房岬~館山城
    2014.10.5里見450年供養(市原市宝林寺)
    2014.10.18里見400年供養(館山城)・南総里見まつり(館山市)
    2014.10.19岡本城と里見氏ハイキング
                 (聖山~岡本城趾・長泉寺・光厳寺・興禅寺
                 :富浦地区生涯学習推進員企画)
    2014.10.30-11.2高野山外(委細は10-11月時のblog参照
    2014.11.3館山~南房総(慈恩院・妙音院・総持院・鷹ノ島弁財天・館山城)

今年の当初。
数年来、「夏の波濤」は調査や取材やアドバイスや校正肉付作業を重ねて、形式的にはやや完成していました。ただ発表の場がなかったのですね。挿絵の山鹿先生とは、2月の「春の國原画展ライブ」のときに、また一緒に出来たらと云う意思確認が出来たので、実は……というお話しをしたんです。あの日は、二度目の都内豪雪の翌日で、南房総市まで7時間かけて行きました。それで、3月の「里見正史コンサート」のときに、房日新聞に持込をしたんです。
本当に、めまぐるしさでは、夢酔の中の天正10年。
連載が始まってからは、実働的には山鹿先生の激務になってしまいましたがスミマセン
いい作品にするためには、まだまだ足を運びたい場所がいっぱいあります。
里見氏が安房を離れたことにより、その足跡が霞んでしまいました。皮肉にも山陰にはまだまだ眠っている気がします。研究者の正論も大切ですが、個々の成果を結びつけるものは創作という接着剤。いつも夢酔は接着剤をこねくり廻して、新しい成果が出たらピンポイント差替や、その後のことを視野に入れた加筆もしなければなと思っています。
えっ?暇だなって?
いやいや、貧乏暇なしなんですよ

いろいろ歩き回って、大勢の人に出会えたことで、2014年は心が豊かになった気がします。
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                                                            はやぶさ衆と御入魂になれたことは嬉しかったですねmixiだけの知り合いから膨らみました

天正10年から平成26年にすり替わっちゃった。
駄目だな……エッセイ下手だぞ、夢酔。




追伸
雑誌「歴史人」のweb版でこんな企画しています。
歴史人公認ブログ隊募集中! http://www.rekishijin.jp/rekishijin-offcial-blog/  
ワシは連載と自分のblogで手一杯だ。
誰か、里見の伝道師となって世に布教してください。about_rekishijin.jpg









2014年、里見メモリアルイヤー。
盛り上がりの、ご開帳です。




戦国武将里見氏のNHK大河ドラマ放映を目指す「里見氏大河ドラマ実行委員会」が組織されています。里見氏終焉の地である鳥取県倉吉市、里見氏発祥の地の群馬県高崎市、そして館山市で、NHK側にドラマ化を働きかける運動を行っております。
「里見氏の物語をNHK大河ドラマで!」
 皆さまの温かいご声援をお願いします。

ポスター
 署名用紙はこちらに収納しております。
 活動の趣旨に御賛同いただけましたら、是非、こちらの署名用紙をプリントアウトのうえ、支援の程よろしくお願いします!


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  1. 2014/11/16(日) 20:41:28|
  2. 随筆・あっそう!里見発見伝
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