散文小径

小説家です。時代小説を執筆しています。皆さまのご声援に支えられて描いております。よろしくお願いします。

高野山2014⑤

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 第1回 http://musuitouzan.blog.fc2.com/blog-entry-150.html
 第2回 http://musuitouzan.blog.fc2.com/blog-entry-151.html
 第3回 http://musuitouzan.blog.fc2.com/blog-entry-152.html
 第4回 http://musuitouzan.blog.fc2.com/blog-entry-153.html

それでは、高野山総括。御覧ください。

全国里見一族交流会により、里見忠義・妻・娘の位牌が新調されたことは、まことに奇縁なる400年目の節目といえる。
なまじ有名な、それこそ大家を保ち余人近寄り難い大名ならば、夢酔ごときにこのような共有する瞬間すら許されまい。また、昨今の歴史ブームに偏ったファンにより、怪しげな聖地とされることもある。大大名では、そういう危惧すらあるのだ。
幸か不幸か、里見氏は江戸期以降の家格を高く保つこともなかった。
夢酔にしてみれば、そういう里見家だからこその、節目の年に巡り巡った幸運といいたい。節目の年に、素材として世に送り出すことの適うこともまた、幸運である。これをもし、一言で“縁”と申すなら、とても言葉では云い表せない巨大な渦のなかに、いま、夢酔は立ち尽くしている。そんな心境である。
1.png

光明院を慌ただしく辞して、本来ならば敬虔に徒歩を踏み締めるところを省略して、いざ、奥の院へ。
10月31日、位牌に次ぐもうひとつの、大きな節目です。

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ここから御廟橋を渡ると、弘法大師空海がいまも瞑想を続けていると伝えられる奥の院。撮影も、大声も、厳禁の聖地です。
ここまでの車両での立ち入りは一般的に出来ませんので、今回は特別、でございます。
御廟橋を左手にして、正面に建つのが御供所。
高野山の聖地にいま立っております。
その真後ろには、たくさんの歴史上の有名人物の供養塔が建ち並んでいます。ほれIMG_.jpg
御供所よりすぐのところにあるのが、あの織田信長の供養塔です。DSCF2802.jpg
では、里見家の供養塔は、どこにあるのでしょうか。
実は、超一等地なのです。IMG_20141109_0001.jpg
畏れ多くも歴代天皇陵を見下ろし、空海に近く、信長よりも高いところ。
そこが、里見氏供養塔のあるところです。
IMG (2)          全体像は画像クリックしてね。

光明院加藤住職と館山妙音院福岡住職を導師に迎え、供養祭が行われました。141031_091750.jpgDSC00049.jpg
これまで誰の供養塔か分からなかった。
今回、後世へ伝えるために、表示を埋石しました。

除幕を行うのは、全国里見一族交流会会長・里見香華氏。前千葉県知事でNHK大河ドラマ化実行委員会顧問・堂本暁子氏。そして今回のことで一から奔走された全国里見一族交流会事務局長・田中直司氏です。DSC00051.jpgDSCF2806.jpg

多少の小雨でしたが、無事に供養祭が終わりました。

それにしても、立派な供養塔でしょう?
堂本さんと比較しても、かなり大きい。
千野原靖方氏の文献から引用すると、高さ二メートル余とあります。
向かって右から「里見忠義」「忠義娘」「忠義正室」。これは亡くなった順なのです。9.png
この供養塔、むかしは倒れていたそうです。昭和51年頃、君塚文雄先生が高野山で調査し、確認したそうです。と、これは千葉県文化財保護協会理事長・早川庄司氏の受け売りです。

里見忠義三十三回忌に建てられた供養塔。
施主は、弟である大久保忠職(当時・肥前唐津藩主)のもとへ身を寄せていた里見忠義正室。文献上はこのとき「東丸様」と称されていました。このときの高野山は女人禁制。この供養塔が出来、供養を催す際、この正室はどこにいたのだろう。たぶん、高野山には赴いたのだろうが、九度山に留まったものか、どこにいたものか、よく分かりません。
こういうところは、小説の場合、リップサービスの意を籠めて、いろいろ想像しなくてはいけないのだろうな……

歴史的な現場を共有できましたことを、各関係者の皆さまに、心から御礼申し上げます。IMG_20141106_0003.jpg           写真提供:山杉博子氏

こののち、高野山金剛峯寺を観光させていただきました。DSCF2814.jpg

お昼の後は、京都へ向かいます。


高野山の麓では、こういう企画があることを知りました。DSC00071.jpg
真田幸村モノは、こういう集客性のあるイベントが全国的に多いですね。
里見の御当地も、ぜひ参考にされたら如何でしょう出来ることは、試みるべきと、つい余計なことを考える次第です。

高野山の報告は、ざっくりですが、以上です。
得た情報は、今後、作品に盛り込みます。
なお、紀行はこのあと京都編に続きますが、ここでも得るものはありましたよ。













2014年、里見メモリアルイヤー。
盛り上がりの、ご開帳です。




戦国武将里見氏のNHK大河ドラマ放映を目指す「里見氏大河ドラマ実行委員会」が組織されています。里見氏終焉の地である鳥取県倉吉市、里見氏発祥の地の群馬県高崎市、そして館山市で、NHK側にドラマ化を働きかける運動を行っております。
「里見氏の物語をNHK大河ドラマで!」
 皆さまの温かいご声援をお願いします。

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  1. 2014/11/09(日) 09:54:07|
  2. 随筆・あっそう!里見発見伝
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