散文小径

小説家です。時代小説を執筆しています。皆さまのご声援に支えられて描いております。よろしくお願いします。

倉吉紀行

倉吉から帰って3週間が経過しています。
実はその間、疑問点等々を倉吉の方々に問い合わせているところです。
うち、倉吉市立図書館長と、今回話題となる曹洞宗金地福山定光寺から、お手紙およびメールを昨日頂きました。この紀行文は、その当時その瞬間、思ったこと感じたことを、つらつらと書き留めたものです。そのなかの誤解も、当然、3週間を経て知ることがございます。
しかし、とりあえずは、このシリーズに関しては勘違いもひっくるめて、旅の感動を感じていただけたら幸いです。



倉吉紀行その3

 倉吉は安房と気候風土が異なることを、先に記した。
 こういうことは、体感して、はじめて知る。なるほど、黒潮の影響で温暖な館山ではあるが、照る陽は乾くように痛い。潮風は否応なしに、南国を意識させる。が、倉吉の気候は南国とは異なる。
 タクシー運転手曰く、暑くて蒸す、海から10キロ未満の内陸だが、さらりとした暑さではない。確かに、立っているだけで、じっと背中を汗が伝う。
 湿気の伴う暑さとは、陽に曝されれ続けると、ともすれば体力を著しく損耗する。結果として、気力を失い、ついついグデッとさせやすい。
 里見忠義がはじめて倉吉に足を踏み入れたのは、大坂冬の陣の頃。山陰の冬の季節である。夢酔は初めての倉吉入りだから、当然、冬の気候を体感したことがない。ゆえに、里見忠義がどのようにして、凍てつく寒さと向き合ったものか、想像すら難い。少なくとも、季節が廻り豊臣家が大坂夏の陣で滅び去った頃に体感する、倉吉の夏を察するだけであるのだ。
 冬に、また来なければ、駄目なのかな……。
 後々のことは、ゆっくり考えよう。

 さて。
 新田源氏の末として血脈を保つ里見氏。里見氏の入府した倉吉へ、数百年も先に城を構えたのは、同じ新田源氏の山名氏。奇しくも新田源氏の集う倉吉であるが、ここにもうひとつ一石を投じたい。
 大岳院より西へ歩くと、弁財天で賑う一寺がある。大蓮寺。田中事務局長が、どうしても寄りたかった場所だ。大通りにタクシーを停めて、小路を100mほど歩くと、モダンなデザインの、そこに弁才天の浄財箱がなければ寺とも思わない構造物があった。すっかり住宅街に溶け込んだような、不思議なお寺である。山門を入り、左手に、大きな五輪等がある。その足元に、石に刻まれた五輪の主の名前。
 脇屋義助。
 思わず声が漏れた。南北朝動乱を彩る数多の英傑は、歴史にその名を刻んでいる。そのなかの一人が、この脇屋義助なのだ。勿体つけた物云いで恐縮だが、すなわち新田義貞の実弟が彼なのである。DSCF2412.jpg
as_tanak.jpg
 里見家発祥の地である群馬で主に活動されている田中事務局長にとって、同じ上州が生んだ英傑の足跡を見届けたかったのだろう。太平記の時代の息吹を、予期せずに発見した。事務局長は、ここに墓所があることを知っていたのだ。浅学ゆえ、夢酔はそこまで知らなかった。
 たしかに山陰地方は、南北朝動乱の要の土地だった。西の隣国には船上山を居城とする名和長年がいた。彼は隠岐を脱した後醍醐天皇をここに匿い、鎌倉幕府が倒れたのちは南朝の中核に身を置く。脇屋義助も兄に劣らず後醍醐天皇を敬う南朝武士だ。この南朝の勢力圏に五輪塔があっても、考えようによっては不思議ではない。この人の背よりも大きな五輪塔がいまなお大事に残されているのが、何よりの証というものだろう。
 倉吉に集う新田源氏の輪が、更に広がった。
 偶然にしては出来すぎだと、ついつい苦笑を禁じえない。

 余談だが、田中事務局長をはじめ、群馬で里見氏会の活動をされている皆様は、その発祥にちなんだ季刊誌を発行している。1227615829_223.jpg今年第二号が出たので、おそらく来年は第三号か。
 田中事務局長……脇屋義助のこと、書きたいんです今回のことを寄稿しますから、ぜひ第三号に載せて下さい。云われる儘の枚数で、きっちり書きますので……!
 心からのつぶやきでした。

 里見忠義が荼毘に付されたとされる場所が倉吉にある。
 定光寺河原。
 小鴨川と国府川が合流する辺りが、その定光寺河原という。といっても、ここは観光地として紹介されているわけでもなく、地元の方々にしてみれば生活環境の一部に過ぎない。いわば取り立てて特別視する意識もない、ただの、川の合流箇所に過ぎない。
 タクシーの運転手は、我儘にも似た我々のお願いに快く応じ、狭い道を進んでくれた。一応工場が近いので、舗装状態はしっかりしているのが有難い。
 川の合流箇所。道路は国府川沿いの土手の上にある。その眼下には、河原というよりは夏草に覆われた雑地の様相が広がり、所々に小石が覗く。川の流れと土手は、そのような状態で隔てられている。下へ降りることは、危険だ。小鴨川がぶつかるあたりで、土手の道路はUの字を描くようにゆるやかに曲線を描いている。その曲線の先端の左側すなわち川側に、まるで駐車場とも思える広い空間があった。ここの先端から見下ろすと、眼下でふたつの川がお互いの水圧をぶつけあうように合している。当然、夏草が風にそよぐ。降りる気にはなれなかった。
 ここが、里見忠義荼毘の地。
 当然、何ひとつ足跡を残す標もない。案内板すらなく、もし、ここがそうだよと知らなければ、我々でさえ素通りするであろう長閑き河川の風景が広がっていた。
 ふと、妙なものに気付く。
 ホームセンターで市販されているようなブロックを積み上げ、それに屋根を乗せて室を作ったような祠があった。最初は、何かの集積場かとも思ったが、中には年代を感じる古めかしい塔のようなものが見えた。これ、供養塔?しかし、何の供養塔だ?DSCF2416.jpg
ここで事故があり、そのために設けられた新しいものか、水に関した地鎮に関するものか、さっぱり分からない。どうしたものか。ふと、この河原の名前に気付く。近くに定光寺というお寺はあるのだろうか。
 国府川向こうのすぐにあると、運転手が教えてくれた。
 さっそく、我々はそちらへ行ってみることとした。定光寺は曹洞宗のお寺のようで、大岳寺と同じ宗派である。少し期待が膨らむ。
 本堂は真新しい。しかしお寺の案内板にあるその歴史は古い。山名宗全・尼子経久といった中国地方の大大名に庇護されてきたという。
 あいにくと御住職はお留守であった。
 里見に触れる伝承のことも、あの河原の名前に定光寺が冠されているのかも、残念ながら情報を得ることは出来なかった。それはそれで、残念なことなのだが、この定光寺のことは、里見から差し引いた話題として、十分に拾い物だった。何といっても真新しい建替え本堂は、京都から宮大工を呼んで古の構造であるという。屋根も銅拭きでなく、一枚一枚瓦を焼いたのだそうだ。
 歴史上有名などの構造物も、最初はこういう白木の、まるで無垢という言葉が相応しい輝きに彩られていた筈だ。この定光寺本堂は、こののち何百年、この姿に年季を刻んだ貫禄を纏っていく。旅の途中でそれに出会うことは、思わず胸がときめくものである。
 この無垢な時間は、きっと瞬く間のことだろう。
 里見の収穫はなくとも、こうした歴史の立会いが出来た偶然こそ、歓ばずにはいられない。


 さて。
 タクシーで回る時間も終わった。慌しいながらも、倉吉に刻まれた里見忠義の足跡にも触れた。大きな収穫だ。
 経験からいえば、散策で得るその土地のインスピレーションは、第一印象によるところが大きい。知識は二度三度の訪問で深まるが、感動は大概最初に勝るものではない。これが夢酔の経験則だ。
 倉吉もその例に漏れないのだろう。
 ふと、そう思った。





2014年、里見メモリアルイヤー。
盛り上がりの、ご開帳です。





戦国武将里見氏のNHK大河ドラマ放映を目指す「里見氏大河ドラマ実行委員会」が組織されています。里見氏終焉の地である鳥取県倉吉市、里見氏発祥の地の群馬県高崎市、そして館山市で、NHK側にドラマ化を働きかける運動を行っております。
「里見氏の物語をNHK大河ドラマで!」
 皆さまの温かいご声援をお願いします。

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  1. 2014/09/21(日) 05:28:56|
  2. 随筆・あっそう!里見発見伝
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コメント

河原?

創作ですか?定光寺の檀家だが、定光寺河原なんて誰も言わないし、聞いたことが無い。その側は、被差別部落地域であり、面倒な場所でもある。まあ、創作なら、名前は何でも良いのでしょうね。面白ければ・・
坊主も、近隣の地域(前の寺は息子が継いで)から2-3年前に来た坊主だし、情報は無いと思いますよ。
  1. 2015/08/25(火) 15:59:18 |
  2. URL |
  3. 倉吉太郎 #-
  4. [ 編集 ]

No title

>倉吉太郎 様

御指摘ありがとうございます。
当日入手した刊行物(複写)に記名と略地図があり
それを元にタクシーでおおよそと思われる場所に足を運んだ次第です。たまたま同じ名前ということで定光寺さんを訊ねましたが
御指摘のとおり
里見氏については一切の手掛かりはございませんでした。
  1. 2015/08/25(火) 18:41:10 |
  2. URL |
  3. 夢酔藤山(むすいとうざん) #Gq//HHxQ
  4. [ 編集 ]

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