散文小径

小説家です。時代小説を執筆しています。皆さまのご声援に支えられて描いております。よろしくお願いします。

里見のイベント 2014秋

8月も終わります。
早いところでは、今日から新学期の学校もあるんだとか。
夏、おわり。
いよいよ秋のはじまりです。


9月6日~10月19日
      館山市立博物館 里見氏安房国替400年特別展(第1期)
      「里見氏の遺産・城下町館山-東京湾の湊町-」(館山市立博物館)
9月 7日   倉吉せきがね里見まつり
9月23日   特別展講演会「城下町の歴史-中世から近世へ-」(館山市立博物館)  
10月5日   歴史教室「わたしの町の歴史探訪-館山城下町-」(館山市立博物館) 
10月11日~19日
         房総里見氏170年の軌跡 パネル展
          写真家 嶋津 敬氏写真展『里、見渡せば里見人』(南総文化ホールギャラリー)
10月18日  第33回 南総里見まつり
 同上    里見氏安房国替400年の供養祭(館山城頂上広場)
10月19日  房総里見氏170年の軌跡~里見氏安房国替400年~(南総文化ホール大ホール)
11月18日  歴史を活かしたまちづくり連続講演会
         「室田長野氏と鷹留城を語る」(室田山長年寺)
11月29日  歴史を活かしたまちづくり連続講演会
         『八幡荘の里見氏と山名氏』(榛名・倉渕保健センター)
2015年2月14日~3月22日
       館山市立博物館 里見氏安房国替400年特別展(第2期)
       「里見氏の遺産・古文書」      (館山市立博物館)


八犬伝しか知らない貴方。
史実に触れる機会です。
その足跡を追いかけてください。

夢酔、なるべく多くのイベントに顔を出したいと思います。
会場で遭遇しましたら、遠慮なくお声をお掛け下さい。励みになります……


     ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆ 

maingazo3-624x227.png                               里見氏大河ドラマ化実行委員会http://satomishi.com/

熱くなってきたよ、里見氏。ねっ

ここで、緊急告知!
上記「里見氏大河ドラマ化実行委員会HP」において、2014年4月3日から、夢酔の小説が連載開始!毎週木曜日に更新されております。どうぞ末永く御愛顧賜りますようヨロシクお願いします。里見氏を皆さんに知って貰いたい一心での、試みです。このblog同様、御愛顧賜りますようお願い申し上げます。

2014年。
新しいことを始めて欲しい、そんな気持です。

戦国武将里見氏のNHK大河ドラマ放映を目指す「里見氏大河ドラマ実行委員会」が組織されています。里見氏終焉の地である鳥取県倉吉市、里見氏発祥の地の群馬県高崎市、そして館山市で、NHK側にドラマ化を働きかける運動を行っております。
「里見氏の物語をNHK大河ドラマで!」
 皆さまの温かいご声援をお願いします。

ポスター
 署名用紙はこちらに収納しております。
 活動の趣旨に御賛同いただけましたら、是非、こちらの署名用紙をプリントアウトのうえ、支援の程よろしくお願いします!


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  1. 2014/08/25(月) 06:26:53|
  2. 里見関連広告板
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4
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コメント

第一次国府台合戦につき

初めまして。「相模台の戦い」を検索しているうちに、こちらのサイトにたどり着きました。私は、「松戸の住人」ですので、「第一次国府台合戦」のことに興味を持っております。
 これに関する一番の興味は、後北条勢と義明・里見勢がどこでどのように戦ったかということです。
 次に、「里見勢」は「義明を見捨てて、さっさと退却したのか」ということの「真実」です。
 大方の郷土史家は、「里見勢の消極的戦いぶり」を支持しているようです。そうなのでしょうか?国府台合戦のエクスパートとして知られる千野原氏に「里見勢」の戦い方を質問したところ、後北条勢が陣を張った松戸台下の「市後尻」辺りから、「陣ケ前」ないし「夏刈」を経由して大橋村方面に逃げ去ったとする考えを示した氏の最新著作を読むようにとのご返事を得ました。
 しかし、氏の著作を読んでも、そうした考え方の理由・根拠らしきものを読み取ることはできませんでした・・・。
 夢酔藤山さんは、相模台の戦いと里見勢の戦い振りについて、お考えをお持ちではないでしょうか?お手数ですが、お教え頂けると幸いです。
  1. 2014/09/09(火) 22:54:44 |
  2. URL |
  3. 松戸@住人 #8OglAeDc
  4. [ 編集 ]

No title

松戸@住人さん

私は学者ではございません。
状況や素材に応じて、作品に一致する仮説を考慮することが主で、資料的に詳しい状況を把握してはおりません。
知ったかぶりも出来ませんし……。
お役に立てなくて御免なさい。
客観的にいえば、里見の与した二度の戦いは、北条の勝ちですね。
  1. 2014/09/09(火) 23:16:24 |
  2. URL |
  3. 名無し #Gq//HHxQ
  4. [ 編集 ]

おそまつですが。

ご返事有難うございます。
 里見氏に関わる「相模台の戦い」に関わる機会がありましたら、通説を否定されることを期待いたします。といいますのも、軍記物等に書かれていることは、所詮は「勝者側の作り話」と「斜めに構えて」よろしいのではないかと思うからです。
 松戸の住民としては、「相模台の戦い」に関する考証で、これはと思えるものは、「松戸町史」の記述位のものです。そこでは、後北条勢の主力は松戸宿の北の小向、樋ノ口渡し辺りから江戸川を渡河し、相模台に進軍し、わずかばかりの義明勢の先鋒隊を破ったあとに、国府台から駈け付けてきた義明勢主力と激戦に及んだと書かれています。思うに、里見勢は義明勢の背後を警備すべく付き従ったと思われます。そして、「大将」同士の戦いに「横やり」を入れなかったのは、それなりの姿勢ではなかったでしょうか。里見勢は、決着が着いたあとに、後北条勢の「陣中突破」を果たして帰陣したかも知れません。しかし、結果として「御所様」をお助けできなかったという悔いは残ったでしょうね。「敗軍の将は語らず・・・」。こういう解釈もありうると思います。おそまつですが。
  1. 2014/09/11(木) 02:59:06 |
  2. URL |
  3. 松戸@住人 #8OglAeDc
  4. [ 編集 ]

Re: おそまつですが。

> 里見氏に関わる「相模台の戦い」に関わる機会がありましたら、通説を否定されることを期待いたします。

お返事遅くなりました。
基本的に、勝者の歴史というものは嫌いです。その狭間にある人間の葛藤や浅知恵や、生き残るための業というものは、後世に残り難いです。歴史学者も具体的なものを重んじます。こちらはそういう商売の方なので仕方在りませんが、小説書きというものは、史実通説に縛られないことも出来ます。かなり叩かれたり責められたり恨まれもしますが、読み物としての愛嬌があるのです。
第一次国府台合戦は6年前の連載作品「春の國」の冒頭に、素材として用いました。
あくまで戦場の主将は小弓公方であり、里見義堯は与力に過ぎません。里見の眼からは、温存のための決断しか見えなかった筈です。大将首を盗られたことで、結果的には「北条の勝ち」といってよいでしょう。しかし、小弓公方の系譜は安房で生き残り、やがては喜連川の一家となります。

勝った者は、勝利を誇張します。
負けた者は語りません。
そういう視点で斜めに物事をみることは、実は常としていることです。

今度の新連載も、きっとそれで苦情がくるかも知れないと、覚悟を決めて取り組んでいます。

コメントありがとうございました。
  1. 2014/09/13(土) 09:28:16 |
  2. URL |
  3. 夢酔藤山 #-
  4. [ 編集 ]

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