散文小径

小説家です。時代小説を執筆しています。皆さまのご声援に支えられて描いております。よろしくお願いします。

【里見賢臣列伝】二代目・正木時茂

里見家臣団から、独断と偏見で8人をチョイスしました。
でも、それだけでは納まらない魅力な人材は、まだまだいるんですよ。
本当の意味での8人を選ぶのは、皆様ひとり一人の熱い想いかも知れません……!





第十 二代目・正木時茂


 天正六年五月二〇日、里見左馬頭義弘がこの世を去った。
 この死が、里見の後継者争いの発端となる。
 天正八年四月、里見義頼はこれを平定し、内乱は終息した筈だった。
 しかし、平定後間もなく、小田喜城主・正木大膳亮憲時が反旗を翻した。
 正木氏は伝説の家臣・時茂ゆかりの代々里見を支える一族だった。これの離反を誘因したのは、里見の弱体化を望む北条氏の調略ともいわれている。彼自身が独立を望んだところで、里見に取って代わることは難しい。ただ、一六年前の国府台敗戦で、正木氏は当主・信茂を討たれて散々な境遇にあった。憲時はそのことを苦々しく思い続けていたのかも知れない。
 しかし、正木家挙兵は、大義名分に乏しいものだった。家臣のすべてが正木憲時に賛同したものではない。
 里見義頼の攻撃に小田喜城は陥落し、憲時も最後は家臣に背かれて討たれた。里見家臣中、もっとも重んじられた御家の末期にしては、なんと呆気ないことだろうか。
「これでは、なんとも偲びない」
伝説の家臣・時茂ゆかりの御家断絶を惜しんだ義頼は、次男・別当丸にその名跡を継がせる決心をした。
「幼子に過酷なことを!」
その生母が悲鳴を挙げた。
「ゆえにそなたが補佐せい」
 この生母は時茂の娘だった。つまり、正木の直系である。義頼との間に産まれた子は、充分な名跡相続の資格がある。そういう大義名分も、彼女の補佐で成立する。
実家の断絶を惜しむ心が勝り、とうとう別当丸は正木家の跡を継ぐ。この別当丸こそ、のちの二代目・正木時茂となる。

 時茂は正木の名跡を継いだのみならず、長ずるにあたり、小田喜の領民に慕われる才覚を発揮していった。父・義頼が病没し、兄・義康が家督を継いでも、正木家の者という分を弁え、主家を支える立場に徹した。
しかし、小田喜領主という立場は、長く続かなかった。
 豊臣秀吉の小田原征伐において、里見氏は上総を召し上げられた。小田喜は上総に含まれるため、時茂も安房へ引き上げねばならない。この屈辱に耐え、沈む家臣を叱咤しながら、時茂は里見本家を盛り立てるため、その後も尽力する。
 小田喜は徳川四天王のひとり本多忠勝が入城し、今日の大多喜という地名に改められる。

 里見家にとって幸いなことに、この時期の当主・義康は類稀れなる才覚で、中央政権と渡り合ったことだろう。秀吉・家康といった大物と懇意を取り結んだことで、少しずつ安房国内も落ち着きを取り戻していった。この兄の影のように、正木時茂は内政や外交の補助に勤しんだ。
 やがて、豊臣秀吉は没した。
 義康は家康に接近し、関ヶ原のときも宇都宮に留まり上杉南下を阻んだ。
 時茂は何においても兄を慕った。子のない彼は、自身同様、里見当主からの養子を得て正木の家督を望んだ。養子は義康の次男である。その養育は、時茂生母・龍雲院が請け負った。

 里見義康も短命だった。
 その急逝ののち、跡を継いだ忠義は僅か一〇歳。里見本家のため、立場上、時茂は里見の副将のように立ち振る舞う必要があった。
 世は江戸に幕府の開かれた徳川の時代である。二代将軍・徳川秀忠に偏愛された忠義であったが、その反面、徳川家の派閥争いに巻き込まれる憂き目も避けられなかった。
 大久保忠隣と本多正信の対立。
 この派閥争いで里見忠義の婚家・大久保氏は敗退した。この報復が里見家にも迫っていた。
 正木時茂が里見の要と、本多派は目をつけた。ただちに時茂は駿府に招集された。追って忠義も江戸に招集された。正副両翼を人質として、里見家は安房を没収された。
倉吉に転封された里見忠義を、正木時茂は支えた。しかし、その補佐を奪うように、徳川家康は時茂を駿府に呼び寄せ幽閉する。
 里見家はこの倉吉で断絶した。
 忠義の死後、家康は時茂に里見再興を迫るが、遂にこれを承知しなかった。家康死後もこの再興打診は続いたが、時茂はこれを固辞し続けた。
 倉吉を統治する池田家預かりとされた正木時茂は、最後まで意地を張り続けて、この世を去ったとされる。
 



 資料に乏しい中での小説です。
 史実に脚色もござれば、寛容にお楽しみください。


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熱くなってきたよ、里見氏。ねっ

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上記「里見氏大河ドラマ化実行委員会HP」において、2014年4月3日から、夢酔の小説が連載開始!毎週木曜日に更新されます。どうぞ末永く御愛顧賜りますようヨロシクお願いします。里見氏を皆さんに知って貰いたい一心での、試みです。このblog同様、御愛顧賜りますようお願い申し上げます。

2014年。
新しいことを始めて欲しい、そんな気持です。

戦国武将里見氏のNHK大河ドラマ放映を目指す「里見氏大河ドラマ実行委員会」が組織されています。里見氏終焉の地である鳥取県倉吉市、里見氏発祥の地の群馬県高崎市、そして館山市で、NHK側にドラマ化を働きかける運動を行っております。
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  1. 2014/04/05(土) 16:56:32|
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