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散文小径

小説家です。時代小説を執筆しています。皆さまのご声援に支えられて描いております。よろしくお願いします。

Σ(゚□゚(゚□゚*)

即位礼正殿の儀

日本人として、厳かに、生涯二度目の天皇家の儀式。TVのおかげで、参列した気持ちで
「ばんざーい」三唱を、一緒にやりました。


我が家でできること。記念饅頭を食すこと。

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雨天なのに式の一瞬、晴れ間が出て、二重の虹が皇居上空に現れたそうですね。富士山も初冠雪で、三笠の雲が現われたとか。自然の偶然かもしれませんが、ついつい思う。
「日本は神の国だな」
日本人としてそう思うのは、自然なことだろうか。

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  1. 2019/10/22(火) 19:14:38|
  2. 閑話休題
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鑑賞

井上源三郎資料館本日より、リニューアルオープンです(((o(*゚▽゚*)o)))
      ↑
 公式ホームページ、クリック!

最後に訪問したのが、改装直前でしたから、ようやくというところですね。
勿論、伺いました。
DSCF6065-1.jpgDSCF3786.jpg
DSCF3788.jpg
DSCF3791.jpg
資料館の二階が、天然理心流日野道場になるそうです。


ところで、日野はいま、スタンプイベントをやっているようです。
ガチ新選組ファンも、ゲームファンも、ミーハーも、勢いで乗っかれる人も、どうやら取り込まれてしまったようで、井上源三郎資料館前も、熱気ムンムンでした。
191020_114835.jpg

井上館長に、うちのガキにと賜りました。
目を離したすきに、中身は影も形も消え去って御座った。うむむむ!191020_141039.jpg
いつもお気遣い頂き誠にありがとうございます。













戦国武将里見氏のNHK大河ドラマ放映を目指す「里見氏大河ドラマ実行委員会」が組織されています。里見氏終焉の地である鳥取県倉吉市、里見氏発祥の地の群馬県高崎市、そして館山市で、NHK側にドラマ化を働きかける運動を行っております。
「里見氏の物語をNHK大河ドラマで!」
 皆さまの温かいご声援をお願いします。


公式HPはこちら里見氏大河ドラマ化実行委員会

ポスター
 署名用紙はこちらに収納しております。
 活動の趣旨に御賛同いただけましたら、是非、こちらの署名用紙をプリントアウトのうえ、支援の程よろしくお願いします!


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  1. 2019/10/20(日) 22:16:18|
  2. 閑話休題
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φ(^▽^)


郡内のみなさん、お待たせしました。

小山田信茂公顕彰会公式ホームページにて
郡内おやまだ散歩のお誘いagain スタートです。

キャ─Σ(゜Д゜)Σ(゜Д゜)Σ(゜Д゜)ノノ─ァァァッ!!!
ォ━━(#゚Д゚#)━━!!
(((o(*゚▽゚*)o)))(゚Д゚≡゚д゚)エッ!?
だれか、はやく黄色い絶叫をフルタイムで……♥











戦国武将里見氏のNHK大河ドラマ放映を目指す「里見氏大河ドラマ実行委員会」が組織されています。里見氏終焉の地である鳥取県倉吉市、里見氏発祥の地の群馬県高崎市、そして館山市で、NHK側にドラマ化を働きかける運動を行っております。
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  1. 2019/10/13(日) 09:49:52|
  2. おやま~小山田
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Σ(゚□゚(゚□゚*)

想定外の天災と、テレビはいう。
でも、近年や今年の台風とか、大雨とか、暑さとか、生態系の変化や、季節の機微の違い。
もはや想定外じゃなく、標準化されているのだろうと、テレビではいいませんね。認めたくないのだろうか。

民はこういうときだけ官に厳しく詰め寄るし、
官は民の底知れずな要望には応じきれない。
でも、台風15号のときの千葉県知事的な後手後手とは違い、いまも必死で、最寄りの官は動いている。

想定外の災害ならばこそ、官民一致団結で、嵐を乗り切るべきだと思うのは、綺麗事ですか。








ここで、追伸キタ━(゚∀゚)━!
小山田信茂公顕彰会HPに、あの「おやまだ散歩」が帰ってきます
https://greenforestnagasak.wixsite.com/nobushige17
  1. 2019/10/12(土) 09:46:37|
  2. 閑話休題
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φ(^▽^)

東日本大震災が発生したときに、個人的に思ったこと。
被災地を哀れんで、腫れ物に触るような空気。それを自粛というのでしょうか。そういうモノが漂っていた気がした。
個人的に、ですよ。
そんなものは無いという人もいるでしょうから。
そして、安全なところにいる人が、安全なところの感覚で、被災した土地の人の気持ちに立たずに好き勝手な判断で行動する。
状況と場合によっては、これがきっかけで風評被害にもなるだろう。

で。今日の房日新聞の評、読んでみて下さい。
         こい
たくさんの秋のおまつりは、中止にもなった。
今もなお、家屋の破損で生活環境がたいへんな人がいる。
そういうことをバラエティ臭いワイドショーなどのテレビでもやってる。国会でも総理にそのことを噛みついている野党議員がいる。でも、みんな、現状を見ているのではなく、憶測で語っているんだと思う。

新聞の行間には、生活のリズムの緩やかな復旧が感じ取れる。

千葉、ことに房総の先っぽなどは、観光が生計の中心になっている人も多い。首都圏のような消費だけで経済が回っていないのでしょう。
となれば、これからの支援は、見当違いな物資の押しつけとか、節税目当ての募金ではないように思えてならない。
迷惑になるようなところに足を踏み入れるのは、被災していようが被災していまいが、そんなモンは御法度です。常識ですよね。そういうことじゃなく、受け容れられる状況ならば、進んで足を運んでほしいということなんだと思うんです。
観光立県を支援するのは、観光です。

夢酔は少し具合が悪くて、夏少し前から房総に足を運んでおりません。
が。
少しでも容体がよくなったのならば、進んで房総に足を運んで、盛り上げたいなあと、真摯に思います。

単純に楽しんでくるだけでもいい。
夢酔なりに出来ることがあるのなら、講演でもトークでも何でも、求められることに応じられる範囲ならばやってもいい。
そこに元気を取り戻せることが出来ないならば、ただ佇むだけでも、足を運んで飲食するだけだっていい。
そう思うのです。

房総の実際の姿を、自粛ぶっていないで、足を運んで欲しい。
現実とテレビの中は、きっと違うはず。
迷惑じゃなかったら、きっと房総の人も受け入れてくれる筈。
ボランティアじゃない支援の仕方は、絶対にある。
あるよ。
  1. 2019/10/08(火) 14:03:45|
  2. 閑話休題
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(*゜▽゜ノノ゛☆

夢酔の家は結城の出です。


思うところありて、原点を振り返るつもりで墓参を試みました。
老父と愚息、三代で赴いたところです。

たぶん、40年くらいぶりじゃあなかろうか。

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東光寺は曹洞宗の寺院。1502年に建立開創され,1535年に現在地に移建される。幕末に焼失した万松寺(山川地区)の釈迦三尊(釈迦如来像・文殊菩薩・普賢菩薩)が安置されているらしい。

夢酔の記憶は、土葬時代の土饅頭があった。今とは大違いの、そんな時代の記憶です。平成がそっくり抜け落ちております。

結城には、これまで幾度となく訪れたことがありますが、本家の仏壇に手を合わせたくらいの所用しかありませんでした。
だから、せっかくなので観ておこう。

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瓦が三つ葉葵。弘経寺は結城秀康開基の寺。

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称名寺は親鸞ゆかりのお寺で、結城氏祖・朝光の墓所があります。

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慈眼院結城家御廟。結城城に結城氏歴代(初代の朝光から17代の政勝)の墓所があったが、天文22(1553)年当地に曹洞宗の慈眼院が建てられ墓所が移された(結城秀康が移したなど諸説有り)。慈眼院は近世まで存続していたが現在は廃寺となり墓所だけが残っている。

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DSCF3529-1.jpg
結城城址。
まったくの公園で、遺構は殆どなし。堀跡だけでも嬉しい発見。
結城合戦で1年も籠城できたからには、当時はもっと広くて、もっと補給路もあって、堅牢だったのでしょう。

DSCF3537-1.jpg
レプリカだけど、槍をみてきた。すげー。黒田官兵衛の「日本号」、本多忠勝の「蜻蛉切」、結城秀康の「御手杵の槍」。これを合わせて「 天下三名槍」というそうだ。 御手杵の槍は東京大空襲で焼失してしまい、これはレプリカ。
18代結城晴朝が駿河国嶋田の刀工・五条義助に命じて特別に作らせ、養嗣子・結城秀康(実父・徳川家康)に伝わり、秀康の五男・結城直基の子孫、松平大和守家(前橋・川越松平家)が受け継いだ。拵を含めた全長が3.8m、刃長2.15mもあり、重量22.5kg。これで戦場を駆け巡ったのなら、化物だな。
ただし、晴朝が作らせ自分の愛用を秀康に与えたのか、単に引き出物として秀康のために作ったのか、それ次第で晴朝の人物像も変わってくる気がしますね。

というわけで、駆け足で回った。
単身でないので、これ以上はガツガツできん。

DSCF3541-1.jpg
圏央道から関宿城がみえる。
北関東を制するならば、関宿を制せよよいう名城。
災害でたいへんな千葉県にあって、ここは被害が少なかったようですね。
関宿~野田~古河~結城
関東戦国史に燦然と現れる、北関東の連携。
古河公方家が小田原北条家に取り込まれたことで、連携が瓦解したことは、結城氏にとって苦境となったことでしょう。中間の雄として下総に勢力を保った結城の地が、夢酔にとっても原点という確認でした。

原点に返ること。
先祖を敬うこと。
日本人にとって、とても大事な、足元の確認だと思いますよ。
maru.jpg
丸に三つ柏紋が、当家家紋です( ̄^ ̄)ゞ
  1. 2019/10/03(木) 07:24:18|
  2. 閑話休題
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