散文小径

小説家です。時代小説を執筆しています。皆さまのご声援に支えられて描いております。よろしくお願いします。

久留里慕情

 久留里の住民が寄せる里見熱は、尊敬に値します。
 ここでいう里見の殿様は、刑部少輔義堯。地元の方は、義堯公と敬い、呼び捨てになど致しません。
 夢酔が久留里を訪れたのは、二回ほど。
 最初のときは、房日新聞連載前。館山へ行く途中で寄り道してお城を拝見しました。このとき遅刻ギリギリの汗だくになったから、担当記者さんは夢酔の汗臭さに内心辟易したことでしょうね(汗)
 二度目は、二〇一二年四月。例のシンポジウムのときです。実行委員会副会長のハンドルで、里見会長と御一緒させて頂きました。副会長は手作り甲冑を教えているので、久留里にも大勢知人が多い。このときにお会いした方も
「義堯公で大河がみたい」
と熱く語っておられました。
 この久留里という土地は、湧水が豊富。湧水が豊富な城下町って、素敵ですよね。
 籠城戦でいちばんのネックは水。久留里城は兵糧攻めに強かったのでしょうか。過去、義堯時代に久留里城は北条からの攻撃を受け、籠城戦を幾度か行っております。
 水がキーパーソンだったのかなと、思わずにいられません。

 かつて房日新聞で連載を持った頃、勉強不足も手伝い、久留里の場面はちょっと不足していたという反省を抱いております。現在手掛けている新作のサイドメニューとして、連載作品に加筆修正の二稿版が出来るなら、久留里や義堯のことをもう少し追記したいなと思っております。
 サイドメニューということで、もうひとつ。
 前期里見を描き、楽天版blogで紹介したこともあった「冬の光」ですが、更なる校正により、一〇月頃に〈雅出版大賞〉というところへ公募しております。選考結果は能力次第ですので、これはどうしようもございませんが、少しでも里見氏を広める姑息な手段といえばそれまで。これがどういう結果になるかによって、ちょっとした広報マンになれたら幸いです。犬掛合戦を描く作品だから、若き義堯さんが登場し、そのクライマックスが、房日連載作品に継続するという〈いやらしい〉作風です。
 それなりに、夢酔も試行錯誤しているんだと、ご承知置きください。

 さてさて、今更で何ですが、夢酔マニアのなかでは
「あの人は武田の人」
という認識があるとおり、本来は甲斐武田家を描きたい派のひとりです。勿論、大河ドラマ放送時に行っていた〈風林火山・武田検定〉で、しっかりマイスターを獲得しております。検定最高称をもぎ取ってまで、武田萌えである訳ですね。なのに、里見をしている矛盾。
 いえいえ。
 関連はありますよ。
 しかも、久留里はその関連の中心地なんです。
 武田信玄と遠交近攻により里見家が同盟を結んでいたことを、知ってましたか?義堯・義弘時代、小田原北条家が上杉謙信と結んだことがありました。この背景にあったのは、信玄の駿河侵攻に伴う甲相駿三国同盟の決裂があったのです。このとき北条と敵対していた里見氏は、武田信玄と一致した利害関係のもとで同盟を結んだのです。
 仲介役は庁南武田氏の豊信。一説では、豊信は信玄の子で、房総武田家に養子入りしたのだそうです。
 そして武田側の同盟折衝役は、武田二四将で知られる知将・土屋右衛門尉昌続。交誼を深めたものか、その後、同盟決裂ののちも土屋昌続は里見家に好意を寄せておりました。信玄上洛の進撃中、土屋昌続は里見義弘宛に戦況を書状で報告しております。土屋昌続は長篠で討死にし、その家督は弟の惣蔵昌恒が継ぎました。昌恒は武田家滅亡の瞬間までその場に留まり、天目山の戦いでは〈片手千人斬り〉の武勇を残して果てました。その遺児・惣蔵忠直は武田家滅亡後に徳川家康が召し抱えたことで運を拾いました。
 上総国は秀吉の小田原征伐により、里見氏から剥奪され徳川家支配となりました。家康は馴れぬ新天地関東の経営に苦慮したことでしょう。殊、上総には里見氏を意識して、本多忠勝をはじめ有力な家臣を配しました。
 やがて関ヶ原ののち、家康は征夷大将軍に任じられ江戸に幕府を開きます。久留里にも新しい領主を据えます。その初代久留里藩主こそ、土屋惣蔵昌恒だったのです。そう、土屋氏と久留里は、宿縁で結びついていたのですね。

 武田専科を自負していた夢酔が、里見を支える側になる。
 それも、こういう縁を世に発信するための回り道と思えば、なんの不思議もないわけです。世の中は、実に面白く成り立っているのですね。
 えっ?
 夢酔マニアなんて、いるのかって?
 痛いところを……


              ◆  ◆  ◆


 私事ですが、ちょっと病中にあり、ストック原稿でこのblogを濁しております。
 遅筆を御容赦ください。
 関係各位にはご迷惑をお掛けしております。



              ◆  ◆  ◆


戦国武将里見氏のNHK大河ドラマ放映を目指す「里見氏大河ドラマ実行委員会」が組織されています。里見氏終焉の地である鳥取県倉吉市、里見氏発祥の地の群馬県高崎市、そして館山市で、NHK側にドラマ化を働きかける運動を行っております。
「里見氏の物語をNHK大河ドラマで!」
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  1. 2013/02/11(月) 20:51:13|
  2. 随筆・あっそう!里見発見伝
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