散文小径

小説家です。時代小説を執筆しています。皆さまのご声援に支えられて描いております。よろしくお願いします。

2012年のまとめ

師走も年の瀬、今年も残り僅かとなりました。

4月のシンポジウム以降、直接安房国に関わることが出来ず、心苦しく思います。
特に後半、今をして加療中の身の上にて、筆も進まぬふがいなさに恥じ入るところです。

2014年はついに勝ち得ませんでしたが、引き続き、大河化に向けた活動が続けられる由。皆さまのご尽力を来年も蔭ながらお支え出来ましたら幸いと存じます。

夢酔のつたないblogに、時折足を運んでくださる皆さま。
ことし一年、心より感謝申し述べます。
来年もよい年でありますようお祈り申し上げます。



                   ◆  ◆  ◆


戦国武将里見氏のNHK大河ドラマ放映を目指す「里見氏大河ドラマ実行委員会」が組織されています。里見氏終焉の地である鳥取県倉吉市、里見氏発祥の地の群馬県高崎市、そして館山市で、NHK側にドラマ化を働きかける運動を行っております。
「里見氏の物語をNHK大河ドラマで!」
 皆さまの温かいご声援をお願いします。

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 活動の趣旨に御賛同いただけましたら、是非、こちらの署名用紙をプリントアウトのうえ、支援の程よろしくお願いします!


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  1. 2012/12/30(日) 11:57:58|
  2. 随筆・あっそう!里見発見伝
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里見氏稲村城跡保存会の功績

気がつくのが遅かったのですが、黙ってもいられないので、皆さまにもご周知します。


「里見氏稲村城跡保存会」という団体がございます。
このたび稲村城跡が国の指定史跡に指定されるまでの間、それこそ開発という名のモンスターと戦ってきた団体です。バブル期に開発に立ち向かうことは、それはもう、悪の権化のように罵倒されたりと、辛い立場にも仕向けられたに違いないだろうと勝手に推察しております。
しかし、守り抜いたことで、館山市は、ひいては千葉県において、かけがえのない史跡を国から認められるに至ったのです。
しかし、その後の管理や保全は、国がやってくれることになりました。
里見氏稲村城跡保存会は功績を刻みつつ、存在理由がなくなるわけです。

2012年7月29日に開催されました里見氏稲村城跡を保存する会第17回総会の議決により、当会は1996年4月発足からの足跡にピリオドを打ち、解散することとなりました。
このことは、こちらの挨拶文を御覧下さい。

「里見氏稲村城跡保存会の解散ご挨拶」

ほんとうにご苦労様でした。
その言葉しか選べませんでした。しかし、多くを語るより、大勢の方がその功績を認め、これからの稲村城跡を一緒に見守り育むことがサイコーだと思います。舌足らずで、すみません。

それから。

千葉県文化財保護協会より、NPO法人安房文化遺産フォーラム代表・愛沢伸雄氏に、「里見氏稲村城跡保存会」の代表を務める等、長年にわたる文化財保護の功労が認められ、11月に表彰されました。もっと早く情報を掴んでいれば、皆さんにご報告できたのに……申し訳ない!

(1).jpg

昨日、愛沢さんに遅ればせながら祝辞メールを送りましたが、
「旗振り役であった私が代表して受け取った」
とありましたとおり、一緒に戦ってきたみんなの支えが大きかったと思います。

こういう功績を、次に生かすことが大切ですね。

挨拶文を紹介しますので、こちらからご参照ください。

愛沢さんたちの活動に興味のある方は、どうかこちらまで。
 NPO法人安房文化遺産フォーラム


                   ◆  ◆  ◆


 私事ですが、ちょっと病中でしたが、取り急ぎストック原稿を差し替えてblogを更新しました。
 遅筆を御容赦ください。
 関係各位にはご迷惑をお掛けしております。


                    ◆  ◆  ◆


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  1. 2012/12/13(木) 16:33:46|
  2. 里見関連広告板
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もうひとりの武芸者

前回、里見家の兵法役として、講談にも取り上げられる豪傑・木曾庄九郎を取り上げました。
講談に用いられるのだから、無名ながらも立派ですよね。
念流を学んだのちに「源流」を興した、武芸の創始者でもあるわけです。

里見家には、しかし、もう一人……兵法役がいたんですけど、御存知でしたか?

塚原五左衛門。
姓から察するに、里見氏が関ヶ原の恩賞に拝領した鹿島三万石の出身者だろう。ということは、以後の里見氏召抱えに相違ない。そして、塚原の姓のとおり、新当流の使い手であった。
新当流といえば、そう、塚原卜伝の流れを汲む。
偶然ではあるが、この五左衛門を取り上げたblogを、こうしろん(十一月二十二日)koushironのblogというところで拝見しました。夢酔は塚原五左衛門像を全くの状況想像で描いているので、扱いは全くの不一致。パクられたと逆鱗に触れずに済みそうで、ちょっと安堵

近世移行期の炮術秘伝書のなかには、「星之図並薬之巻(元和7.5)」、伝授者・立河伝右衛門、被伝授者・塚原五左衛門という記述が伺えます。剣術以外にも、火術も?時期的には里見家改易の頃だから、生存の一致は為されますけど……同姓同名だったのでしょうか?このあたりは不確定要素なので、夢酔は作中にこのことを盛り込んでおりません。ちょっと、躊躇っちゃいました。
その代わり、いろいろと、剣客のやりとりは散りばめておきましたよ。
里見氏と直接関わらずとも、この時代、幕末と並んで猛者が犇めく時代でしたからね。

『鹿嶋志』によると、新當流(新当流)の元になったのは、鹿島の太刀という名の上古の時代から伝わる兵法だそうです。このあたりはNHKのBS時代劇「塚原卜伝」を視聴していた皆さんなら、覚えがあるんじゃないですか?
日本古武道協会オフィシャルサイトには、現代の鹿島新当流が紹介されております。
http://www.nihonkobudokyoukai.org/martialarts/022/
『甲陽軍鑑』の11品によると、武田の軍師・山本勘助は、浪々の頃、今川家への仕官を京流の兵法者として推薦されたそうだが、今川義元は他の理由に加えて
「新當流の兵法こそ本なれ」
という理由で却下したといわれる。また、『甲陽軍鑑』の40品下によると、兵法を習う者は、兵法つかい、兵法者、兵法仁の3つに分けられ、山本勘助・波合備前・塚原卜伝の3人は兵法仁に相当する、とあります。
凄いですね……山本勘助と塚原卜伝が結びついちゃいました。

この塚原五左右衛門然り、木曾庄九郎また然り。
里見の家臣は、知られざる人材が多いのです。


                   ◆  ◆  ◆


 私事ですが、ちょっと病中にあり、ストック原稿でこのblogを濁しております。
 遅筆を御容赦ください。
 関係各位にはご迷惑をお掛けしております。


                    ◆  ◆  ◆


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  1. 2012/12/10(月) 20:51:01|
  2. 随筆・あっそう!里見発見伝
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